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新潟地方裁判所長岡支部 昭和49年(む)8号 決定

右の者に対する覚せい剤取締法違反被疑事件について、昭和四九年二月七日新潟地方裁判所長岡支部裁判官竹中省吾がした勾留請求却下の裁判に対し、

新潟地方検察庁長岡支部検察官石黒忠二から適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件準抗告の申立を棄却する。

理由

一本件準抗告申立の趣旨および理由は、申立人作成の準抗申立書および「逮捕状請求書に刑訴規則一四二条一項八号の所定事項を記載しなかつたことについて」と題する書面記載のとおりであるから、これを引用する。

二本件勾留の要件の存否について検討するに先立ち本件一件記録および受命裁判官作成の電話聴取書を調査すると、次の事実が認められる。

本件被疑事実について、昭和四九年一月二六日長岡警察署司法警察員から長岡簡易裁判所裁判官宛に逮捕状発付の請求がなされ、同日逮捕状が発付されたが、右逮捕状は執行されず、同年二月二日、改めて同一被疑事実につき前記警察署司法警察員から新潟地方裁判所長岡支部裁判官宛に逮捕状発付の請求(逮捕の更新)がなされ、同日逮捕状が発付され、これにより同月五日被疑者は上越南警察署において逮捕された。他方、これより前、被疑者は、別件傷害被疑事件につき、上越南警察署司法警察員の請求により高田簡易裁判所裁判官から逮捕状が発付されていたところ、これにより同年一月二五日長岡警察署において逮捕され、同月二八日高田簡易裁判所裁判官から勾留状が発付され、上越南警察署に勾留されていたが、右勾留中の同年二月二日に本件逮捕状請求がなされた(なお、右傷害被疑事件による勾留については、被疑者は同月五日釈放され、同日本件逮捕状により逮捕された)。しかるに、前記昭和四九年一月二六日請求の逮捕状請求書および同年二月二日請求の本件逮捕状請求書には、いずれも刑訴規則一四二条一項八号に規定する現に捜査中である他の犯罪事実について逮捕状の発付があつた旨の記載はなかつた(右記載のなかつたことについては申立人もこれを争わない)。しかして、前記傷害被疑事件により被疑者が逮捕された場所が本件逮捕状発付の請求者が所属する長岡警察署であつたこと、ならびに被疑者につき、同年一月二九日、勾留中の上越南警察署において、長岡警察署司法警察員により本件被疑事件に関し取調が行われていることなどによれば、本件逮捕状発付の請求当時、請求者において、現に捜査中の他の犯罪事実について逮捕状の発付があつたことを十分了知していたものと推認できる。

およそ、逮捕状請求書に刑訴規則一四二条一項八号所定の記載が要求されるのは、逮捕のむしかえしによる逮捕の濫用をさけるために、裁判官の判断に重要な資料を提供させようとする趣旨と考えられ、右記載の有無は裁判官の右判断に重大な影響を及ぼしひいては被疑者の人権に密接な関連を有するものであるから、右記載の欠缺は逮捕状請求手続における重大な瑕疵と考えられ、これにより発付された逮捕状にもとづく逮捕手続も瑕疵ある違法なものというべきであつて、これに引き続きなされた勾留請求は原則として却下すべきであると解される。右の理は、本件のように、別件の逮捕状請求が本件逮捕状請求者の所属警察署以外の他署所属の請求者により行われ、これにより逮捕状の発付をえていたときであつても、本件逮捕状請求者において別件の逮捕状発付を了知していた以上、同様に解すべきである。

もつとも、逮捕状を請求する司法警察員において、前に建捕状が発付されていることを知らなかつたとかあるいは逮捕状発付の段階においてその請求を受けた裁判官が、一件記録等の資料により、被疑者につき別個の犯罪事実についてすでに逮捕状の発付があつたことを知りえたと思われる事情があり、かつ、そのうえで逮捕の必要性を判断して逮捕状を発付したと認めうるときなどには、例外的に、右瑕疵を理由に勾留請求を却下するまでもないと考えられるが、本件において、右のような例外的事情を認あるに足る資料はない。

三そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本件逮捕状請求およびその逮捕状の執行は違法であるから、本件勾留請求は却下すべきであり、結局、右と結論を同じくする原裁判は相当であつて、本件準抗告申立は理由がない。よつて、刑訴法四三二条、四二六条一項を適用して、主文のとおり決定する。

(佐藤安弘 石井一正 林五平)

準抗告申立の理由

一 被疑者には罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があること。

被疑者が法定の除外事由がないのに

一 昭和四九年一月二四日ころ、長岡市川崎六丁目一二四四番地四、三浦金一方居室において、同人から覚せい剤粉末一グラムを代金二〇、〇〇〇円で譲り受け、

二、同日午後六時ころ、及び同一〇時ころの二回にわたり、右三浦方居室において、フエニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤注射液各0.3cc位を自己の腕部に注射して使用し、

三、同月二五日午前七時ころ、同市坂之上町二丁目三番地一一、ホテル柴田八〇七号室において、フエニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤注射液0.3cc位を自己の腕部に注射して、使用したとの被疑事実については一件記録添付小林近の供述(但し二、三の事実についてのみ)及び被疑者の自供によつて概ね認められるのであり、罪を犯したことを疑うに足る相当な理由がある。

二 被疑者が証拠をいん滅する虞れがあることについて。

被疑者は前記のように本件犯行を一応自供しているが、譲渡人である相被疑者三浦金一は「山田と長崎は私に覚せい剤を売りに来ているのに彼にヤクを売りつけることはあり得ない」(記録三四丁)と供述し、犯行を全面的に否認し、留置場でハンストを行なうなどの挙に出ておるうえ、被疑者が買い受けたと称する覚せい剤粉末一グラムを被疑者が供述する物品からは未だに発見されていないのである。

ところで被疑者は前科四犯を有し、暴力団極東中津川組に属し、三浦金一とは主従関係にあり、同人が昨年夏長岡市内立川病院に入院した際には付添、看護をすると云う特殊の間柄にあり、若し、被疑者が釈放されるならば、前記のような証拠関係から三浦組々員の圧力に屈し、容易に自供を覆えして証拠をいん滅し、被疑者及び三浦両名について公訴維持に支障を来す虞れが極めて大である。また本件は東京都内居住長島彪が三浦金一に覚せい剤を売り込みその際に三浦のほか被疑者山田及び勾留中の前記小林近が同席したときに発生した事案であつて、事案の特殊性から右関係者四名から詳細な供述を得、全ぼうを明らかにしたうえでなければ公訴維持は困難であるが、捜査はその緒にについたばかりであつて三浦が前記のように犯行の大部分を否認し、被疑者と共犯関係の嫌疑のある前記長島も逃走中であるので、現段階において、若し被疑者が釈放されるならば長島らと通謀して事実を否認し証拠をいん滅する虞れが極めて大である。

三、被疑者には逃走する虞れがある。

被疑者は、実刑判決三回を含む前科四犯を有し、工員、バーテンなどを転々とし、正業につかず、暴力団に属し、現在は露店商をしている。

前に結婚して子供をもうけたが離婚し、現在都内の情婦宅に身を寄せ、県下大湯温泉にも別の情婦をかこつているのであつて、このような職歴、生活環境から考えると今後も一定した住居に居住し、出願を確保出来る保証は全くなく、ましてや、昨年覚せい剤取締法が改正され、刑が倍加され重要犯罪として厳重に取締を行つており実刑判決も予測されるところから、右のような不安定の環境にある被疑者が、逃走を企てることは察するにかたくないのであつて、本件勾留を却下したのは、いずれの点より見るも不当である。

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